東京大学先端科学技術研究センターニュートリオミクス・腫瘍学分野の山下雄史特任准教授らの研究グループは、スーパーコンピュータを用いて、抗原と抗体との結合過程のシミュレーションに成功しました。本研究成果は、2022年10月13日付でBull. Chem. Soc. Jpn.誌に掲載されました。 抗体は、体内に異物が侵入した際に、その異物を見つけて結合し体を守る重要タンパク質です。元来、抗体は異物に応じて体内で作られるものですが、近年、抗体を人工的に改変設計し、医薬品として利用することが考えられています。実際、抗体医薬品と呼ばれるものがいくつか承認を受けています。しかし、抗体を自在に改変設計することは非常に難しいのが現状で、抗体と異物(抗原)とが結合する仕組みについてさらに理解を深める必要があります。
山下特任准教授らは、リゾチームというタンパク質(抗原)とその抗体HyHEL-10が結合する過程の分子動力学(MD)シミュレーションに成功しました。このシミュレーションでは、抗原・抗体・これらを取り囲む水分子を構成するすべての原子の運動方程式を解くことで、抗原と抗体の水中での自然な振る舞いを再現しています。本研究では、多数のMDシミュレーションを使って、抗原と抗体の結合過程を取り出しました。本手法は、世界有数のスーパーコンピュータ京、Tsubame、富岳を利用して初めて可能になるものです。計算機で再現された抗原-抗体の結合過程を観察すると、抗原と抗体がほぼ正しい位置で接触した後、タンパク質界面のアミノ酸の再配向が起こり抗原抗体間の結合を強めていくことが分かりました。
本研究で得られた抗原と抗体との結合に関する新たな知見は、抗体の改変設計技術の向上や抗体医薬品開発の加速につながると期待されます。
山下特任准教授は次のように語りました。「この研究のアイデアは2010年くらいから温めていたものです。長い時間がかかりましたが、成果が優秀論文という形になり嬉しく思っています。2010年当時は、スーパーコンピュータ京が世界で初めて10ペタフロップスの演算性能を出しました。その演算性能を活かして誰も見たことがない抗体の振る舞いを見ることができないかと考えて、本研究の着想に至りました。抗原と抗体がくっつくと言うと単純に思えるのですが、強く結合する工夫が実に巧妙に設計されていました。生物の能力の凄さを改めて感じます」
浜窪名誉教授は「先端研の先進的な土壌があって、生み出すことができた研究だと思います。評価されて大変うれしいです。やり始めた時は、最先端の大型コンピュータを必要としたことが、今では、タンパク質の構造からの創薬をノートパソコンでも数分で計算できるようになってきており、新しい時代に入った感があります。次世代の研究者が育って、新薬が次々と生み出されていくことを期待します」と述べています。

分子動力学(MD)シミュレーションのイメージ図 抗原(水色のリボン)と抗体(緑色のリボン)の解離状態から多数のMDシミュレーションを実施します。シミュレーションごとに異なる結合状態に至りますが、そのうちのいくつかは実験でも観測されている強い結合を持っていました。© 2022 山下雄史
【掲載論文情報】
- 著者名:
- Y. Takamatsu, T. Hamakubo, T. Yamashita
- タイトル:
- Molecular dynamics simulation of the antigen–antibody complex formation process between hen egg-white lysozyme and HyHEL-10
- 雑誌名:
- Bulletin of the Chemical Society of Japan (Bull. Chem. Soc. Jpn. / BCSJ)
- オンライン掲載日:
- 2022/10/13
- DOI:
- 10.1246/bcsj.20220239
- URL:
- https://www.journal.csj.jp/doi/abs/10.1246/bcsj.20220239
【問い合わせ先】
ニュートリオミクス・腫瘍学分野 特任准教授 山下雄史
原文URL:https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/report/page_01440.html