栄養飢餓耐性のがん細胞においてグルタミンがリボソームRNA合成の鍵となることを発見

東京大学先端科学技術研究センターニュートリオミクス・腫瘍学分野の大澤毅特任准教授らの研究グループは、東京大学大学院工学系研究科、慶應義塾大学先端生命科学研究所、ブリュッセル自由大学(ULB)、南オーストラリア保健医療研究所(SAHMRI)などと共同で、栄養飢餓状態のがん細胞において、非必須アミノ酸であるグルタミンが、リボソームRNA合成の制御に関わることをリボソームプロファイリングなどのRNA解析を実施し発見しました。グルタミン欠乏により現在臨床試験中のRNAポリメラーゼI(Pol I)阻害剤(CX5461)など新規抗がん剤の抵抗性をもたらすことを世界に先駆けて報告した本研究成果は、2022年6月28日付で、「Nature Communications」誌に掲載されました。

悪性腫瘍はタンパク質の合成やリボソーム産生の活性に依存することが知られています。リボソームの生合成は、RNAポリメラーゼI(Pol I)がリボソームRNA前駆体を核小体で開始し、核小体監視経路を介して腫瘍抑制因子p53の活性化によるがん細胞の増殖か細胞死が選択されることが知られています。しかし、がん細胞がどの様にp53核小体監視機構を回避するかは、未だ解明されていませんでした。また、近年、タンパク質合成に注目した新規がん治療法が注目され、RNA PolIに対する新たな低分子阻害剤が複数臨床試験に登場していますが、白血病などの血液癌においての有効性は示されているものの、固形腫瘍に対する治療抵抗性の問題が議論され始めています。

研究チームは、固形腫瘍のグルタミン欠乏でがん細胞がリボソームRNA前駆体を蓄積し、代謝適応中のがん細胞のp53を抑制することを見出しました。また、最先端のRNA解析法により、グルタミンが欠乏したがん細胞は、pre-rRNAのプロセッシングを遅らせpre-rRNAを蓄積することがわかりました(図1)。

本研究により、栄養飢餓状態のがん細胞におけるRNA転写、翻訳、タンパク合成、核小体監視経路のシグナル伝達機構および、グルタミンがこれらの経路を制御することが明らかとなりました(図2)。本研究成果はPolI阻害剤における固形がんの治療抵抗性がグルタミン欠乏で起こることを実証したものであり、近年進められている、タンパク質合成に注目したがん治療法(RNA PolI阻害剤)が、なぜ固形腫瘍における治療抵抗性を示すのかについてのメカニズムの解明につながる研究です。

大澤特任准教授は次の様にコメントしています。「本研究成果はニュートリオミクスの視点からグルタミン代謝異常をはじめとする新たながん治療法の確立や治療抵抗性のメカニズム解明に繋がる研究です。今後さらに栄養・代謝に焦点を当てたがんの病態解明や治療法開発に展開されることが期待されます。」

本研究は、科学研究費補助金「基盤研究(B)(19H03496)」「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:19K22553、 21K19399)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:20H04834)」や上原記念生命科学財団、高松宮妃癌研究基金、MSD生命科学財団、内藤記念科学振興財団などの支援により実施されました。

グルタミン欠乏ががん細胞におけるPoI I 阻害剤の抵抗性の原因に

  • グルタミン欠乏のがん細胞でリボソーム RNA 前駆体が蓄積し、栄養添加後、タンパク質合成が開始される。

    図1

    図1 グルタミン欠乏のがん細胞ではリボソーム RNA 前駆体が蓄積し、これと並行して、栄養飢餓状態は多岐にわたる mRNA の翻訳を抑制している。栄養添加後、蓄積したリボソーム RNA 前駆体は新たに翻訳された uL5 と uL18 に結合してリボソーム集合体となり、タンパク質合成が開始される。©2022 大澤 毅

  • Pol I 阻害剤処理により、栄養飢餓状態でがん細胞内リボソーム RNA 前駆体の蓄積を防ぐことができる。

    図2

    図2 Pol I 阻害剤(CX-5461)処理により、がん細胞では栄養飢餓状態でリボソーム RNA 前駆体の蓄積が阻害される。栄養添加後、内因性リボソーム RNA 前駆体が枯渇状態にあると、uL5 およびuL18 が MDM2 に結合し、p53 の安定化および p53 を介した栄養誘導性アポトーシス(細胞死)に至る。 ©2022 大澤 毅

発表雑誌

著者名:
Melvin Pan, Christiane Zorbas, Maki Sugaya, Kensuke Ishiguro, Miki Kato, Miyuki Nishida, Hai-Feng Zhang, Marco M. Candeias, Akimitsu Okamoto, Takamasa Ishikawa, Tomoyoshi Soga, Hiroyuki Aburatani, Juro Sakai, Yoshihiro Matsumura, Tsutomu Suzuki, Christopher G. Proud, Denis L. J. Lafontaine, Tsuyoshi Osawa
タイトル:
Glutamine deficiency in solid tumor cells confers resistance to ribosomal RNA synthesis inhibitors
雑誌名:
Nature Communications
オンライン掲載日:
2022/6/28
DOI:
10.1038/s41467-022-31418-w

 

原文URL:https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/report/page_01373.html