高血圧とエピジェネテイクス~食塩と腎臓の役割~

約四億年前、海から陸に上がり、塩のない生活を余儀なくされた生物は、腎臓のナトリウム排泄を巧妙に調節することにより体内ナトリウムバランスを維持し、血圧を正常に保っている。しかし、私達人類は塩分を過剰に摂取するあまり、高血圧を発症することになった。確かに、塩分の過剰摂取が高血圧の主因であるが、塩分に対する血圧上昇反応性(食塩感受性)は個人差がある(Fujita T et al. 1980)。食塩感受性は遺伝因子と共に生活習慣などの環境要因の影響を強く受ける。胎児期の低栄養、青壯年期の肥満やストレス、そして加齢が、エピジェテイック機構(DNAメチル化異常)を介して、腎臓のナトリウム輸送を司る遺伝子を異常活性化させ、食塩感受性を高めることによって高血圧を生じる。本論文ではライフコースにおいてしばしば遭遇する生活習慣の歪みによって高血圧が発症するメカニズムを藤田研究室の研究成果を中心に解説している(2019年度米国腎臓学会 Homer Smith Award受賞講演に基づく)。

高血圧発症のエピジェネテイック機序

図 高血圧発症のエピジェネテイック機序
胎児期の母体低栄養、青壮年期の肥満、加齢による食塩感受性高血圧の発症過程にDNAメチル化異常が関与している。母体低栄養の子では過剰のストレスホルモン(コルチゾール)に暴露され、その結果視床下部のアンジオテンシン受容体が活性することにより腎交感神経が亢進する(JCI Insight 2018) 。腎交感神経亢進は腎臓からのナトリウム排泄を低下させて、食塩感受性高血圧を生じる(Nat Med 2011)。肥満は脂肪細胞から分泌されたレプチン、炎症性サイトカインや酸化ストレスが視床下部を刺激し、その結果腎交感神経が活性化する(JCI 1988、Circulation 2009)。また、塩分貯留性ホルモンのアルドステロンの分泌を刺激し、腎ナトリウム共輸送体の活性化を介して食塩感受性高血圧を生じる(JASN 2021 先端研ニュース参照)。アルドステロンを介さないRac1を介する経路もある(Nat Med 2008, JCI 2011)。加齢に伴い、抗加齢因子Klothoが低下するため、血管収縮経路(Wnt-RhoA)が活性化し、血管が収縮する。その結果腎血管の収縮により腎血流が低下し、腎臓からの塩分排泄低下を介して、高血圧を発症する(JCI 2020)。

【論文情報】
雑誌名:
「Nature Reviews Nephrology」
論文タイトル:
Kidney and epigenetic mechanisms of salt-sensitive hypertension
著者:
Wakako Kawarazaki and Toshiro Fujita
URL :

https://doi.org/10.1038/ s41581-021-00399-2

 

(原文URL:https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/report/page_00040.html