高齢者高血圧の発症機序を解明 ~食塩の関与~

1.発表者:

河原崎 和歌子
(東京大学先端科学技術研究センター 臨床エピジェネティクス寄付研究部門 特任助教)
藤田 敏郎
(東京大学名誉教授/東京大学先端科学技術研究センター 臨床エピジェネティクス寄付研究部門フェロー)

 

2.発表のポイント:

  • 何故高齢者では高血圧になりやすいかの原因は不明でしたが、高齢者で血圧が上昇する機序を解明し、新たな治療法を提示しました。
  • 加齢に伴い血中Klotho(クロトー)(注1)蛋白が減少すると、食塩摂取時に血管の収縮経路が活性化し、腎血流量が低下し、その結果血圧が上昇する一連の機序を解明しました。
  • 血中Klothoの測定は高齢者高血圧の発症予知の有用なマーカーとなる可能性があります。また、高齢者特有の病態に合わせた高血圧の予防と治療法の確立が期待されます。

 

3.発表概要:高血圧は、心臓病や脳卒中などの致死的な病気の重要な原因となるが、症状がないことからサイレントキラーと呼ばれています。高齢者は高血圧になりやすいことが分かっていましたが、その原因や機序は不明でした。東京大学先端科学技術研究センター臨床エピジェネティクス寄付研究部門の藤田敏郎名誉教授、河原崎和歌子特任助教らの研究グループは、高齢者高血圧の発症メカニズムを解明しました。

研究グループは、加齢と共に、血中の抗加齢因子Klotho 蛋白が減少し、そのため高食塩を摂取するとKlothoにより抑制されていた血管の収縮経路が活性化して、血圧が上昇する一連の過程を高齢のマウスを用いて証明しました。また、それを裏付けるため、Klotho蛋白を補充して予め血中レベルを若いマウスと同程度まで回復させておくと、食塩を投与しても血圧が上昇しないことを示しました。

本研究はKlothoの関与する血管収縮経路の阻害薬を投与することにより食塩による血圧上昇を抑制できたことから、高齢者高血圧の新たな治療薬の可能性を提案しています。さらに、高血圧は予防が大切ですが、生活習慣の改善により血中Klothoを正常に維持することが高血圧発症の予防となることを示唆しており、血清Klothoは高血圧発症の予知マーカーとしても期待されます。

 

4.発表内容:高血圧は我が国で4300万人の方が罹患していると推定され、国民の3人に1人が抱えている国民病です。高血圧に起因する死亡率は年間約10万人で、心血管病や脳卒中といった命に関わる重篤な疾患の原因となりますが、自覚症状がないために、その約半数の方が未治療のままです。高血圧は加齢と共に増加することが知られており、40~70歳の高血圧有病率は、男性で60%、女性では40%、75歳以上では、男女共に70%以上となります。高齢者高血圧は治療に難渋することが多く、また有効な予防法や有用な予知マーカーは有りませんでした。疫学調査から、食塩をほぼ摂取しない文化(ヤノマモインディアン)では加齢に伴う高血圧発症が認められないことや、加齢と共に食塩摂取時の血圧の上がりやすさ(血圧の食塩感受性)が増加することが分かっていました。しかし、なぜ加齢と共に高血圧罹患率が増加するのか、また食年感受性が高くなるのか不明でした。

加齢に伴いアルツハイマー病や骨粗しょう症が発症しやすくなりますが、それには加齢関連因子(注2)が関与していることが知られています。加齢関連因子には種々の加齢促進因子と抗加齢因子がありますが、研究グループは、抗加齢因子のKlothoの減少が加齢に伴う高血圧の発症の原因となる可能性に着目しました。

若年マウスに比べて血中Klothoが有意に低下している高齢マウス(1歳3~6ヶ月齢:マウスの寿命は約2年で人間の高齢者に当たる)に高食塩食を摂取させると、血圧が上昇し食塩感受性高血圧(注3)を示しましたが、マウスにKlotho蛋白を補充しておくと食塩による血圧上昇反応が抑制されました。また、血中のKlotho蛋白量が減少しているKlothoヘテロ欠損マウスでは、若年期において既に食塩感受性高血圧がみられ、Klotho補充により正常化したことから、高齢マウスは血中Klothoの減少が原因で食塩感受性高血圧を発症することがわかりました。そのしくみを調べたところ、これらの血中Klothoが低下したマウスでは、食塩摂取時にWnt(注4)蛋白により血管収縮(注5)経路が活性化して血管収縮能が増強するため血圧が上昇しており、Klotho補充や血管収縮経路の阻害薬(Wnt阻害薬)の投与を行なうと、食塩感受性高血圧の発症が抑制されることも明らかになりました。

血圧調節には血管性(血管収縮)と腎性(腎臓ナトリウム排泄)の2つの要素が関わり、腎臓は中心的な役割を担うと考えられています。また、腎臓へと血液を送る腎動脈の血流量(腎血流量、注6)は腎臓からのナトリウム排泄の調節にとても重要です。そこで、腎血流量を調べた結果、高食塩食を摂取した高齢マウスや若年Klothoヘテロ欠損マウスの腎動脈では、Wntが関わる血管収縮経路の増強により、腎動脈が収縮し、腎血流が減って、血圧が上昇していました。そしてKlothoを補充すると、食塩摂取時の血圧上昇や腎血流量の低下反応は消失しました。これらの結果により、Klothoの減少が原因で食塩負荷時に腎血流が低下して食塩感受性高血圧を生じることが示されました(図1)

高齢者の高血圧治療にかかわらず、高齢者特有の病態に応じた治療法は未だ確立されていません。本研究により、血中Klotho蛋白が豊富にある若い時はWntによる血管収縮経路を抑制することで、高血圧の発症を抑えていることがわかりました。しかし、高齢になり高食塩摂取に対する生体の防御機構が破綻すると、高血圧の発症につながります。血中のKlothoはホルモンとして働き、Wnt経路に拮抗して老化現象を抑制することから、現在老化抑制と高血圧発症予防法としてKlotho補充やWnt抑制薬の開発の研究を進めています。高血圧は予防することが大切ですが、従来は高血圧の発見には健診時の血圧測定に頼っていました。血中Klothoの測定は、高血圧とその合併症の心血管疾患の発症を予知する、新規予知マーカーとして有用であると期待されます。さらに、糖尿病や慢性腎臓病では加齢によるKlotho低下に拍車をかけることから、健康寿命の延伸のために高血圧予防に対する生活習慣の改善が推奨されます。

藤田らの研究グループは、高血圧発症における食塩の役割を長く研究してきましたが(注7、図2)、一昨年の発表論文(注8)と今回の研究結果によって胎児・乳幼児期から高齢者に至る全ライフコースにおいて減塩の重要性が再確認されました。

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:18K08028、15H05788、15H02538、18K19533)、日本医療研究開発機構の革新的先端研究開発支援事業(課題番号:16gm0510009)などの支援を受けて行われました。

 

5.雑誌発表:雑誌名:Journal of Clinical Investigation
論文タイトル:Salt causes aging-associated hypertension via vascular Wnt5a under Klotho deficiency
著者:Wakako Kawarazaki*, Risuke Mizuno, Mitsuhiro Nishimoto, Nobuhiro Ayuzawa, Daigoro Hirohama, Kohei Ueda, Fumiko Kawakami-Mori, Shigeyoshi Oba, Takeshi Marumo, and Toshiro Fujita*.
DOI番号:10.1172/JCI134431
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1172/JCI134431

 

6.問い合わせ先:東京大学 先端科学技術研究センター 臨床エピジェネティクス寄付研究部門
フェロー 藤田 敏郎 (ふじた としろう)
特任助教 河原崎 和歌子 (かわらざき わかこ)

 

7.用語解説:
 


(注1)Klotho(クロトー)
Klotho遺伝子は老化抑制遺伝子で、Klothoを完全に欠損したマウスは急速に老化が進行し、短い寿命を呈することから、Klothoは体の様々な老化現象に関与すると考えられている。Klotho過剰発現マウスでは平均寿命の延長が報告されている。Klothoは主に腎臓で発現し、カルシウムやリンの調節に関わる他、血中に放出されて、遠くの臓器にホルモンとして作用する。(注2)加齢関連因子
動物実験などから、血液中のある成分(液性因子)が,個体の老化に大きな影響をおよぼすことが知られており、老化を促進する因子として、補体 C1q、β2-ミクログロブリン、老化を抑制する因子(抗加齢因子)としてKlothoなどが知られている。(注3)食塩感受性高血圧
高食塩摂取により血圧が上昇するが、その程度は個人差がある。その程度を血圧の食塩感受性と呼んでいる。高血圧患者では正常血圧者に比べて食塩感受性が高い。高血圧の中でも食塩摂取で著明に血圧が上昇し、減塩で血圧が下降する「食塩感受性高血圧」と食塩摂取による血圧上昇の程度が低い「食塩非感受性高血圧」に分けることが出来る。減塩の効果は、食塩感受性高血圧において著明に認められる。(注4)Wnt
分泌性蛋白であるWntは生体の発生、成長、分化、細胞の極性や増殖など様々な生命活動の制御シグナルとして不可欠で有り、近年癌の発生、成長でも重要であることが知られている。19種類のファミリー蛋白が同定され、分泌されたWnt蛋白は細胞表面の受容体を介して異なる役目を担う。例えば、Wnt1やWnt3aはβ-cateninという蛋白を介し、多様な遺伝子の転写に関与し、細胞の増殖や分化を制御する。Wnt5aやWnt11の関わる経路では細胞の形態や運動を制御している。本研究ではWnt5aにより血管の収縮経路が活性化し、血管平滑筋収縮が増強されること明らかにされた。(注5)血管収縮
動脈は内側から内皮細胞、血管平滑筋、外膜の三層からなり、血管平滑筋の収縮と弛緩により、血管径の調節を行なっている。血管が収縮すると、血管内径が細くなり、抵抗が高まって、血圧が上昇する。血管平滑筋の収縮は、血液内の血管作動性物質やホルモンが血管平滑筋細胞表面の受容体に結合することによる「筋細胞内カルシウム濃度の上昇」が引き金となるが、同時に「カルシウム感受性の増大」(同じカルシウム濃度でも筋収縮装置が反応してより大きな収縮を生ずる)により調節されている。本研究のWnt血管収縮経路は血管平滑筋の「カルシウム感受性」を高める事により血管収縮を増強している。

(注6)腎血流量
腎臓は腎動脈により酸素や栄養を含む血液が供給されており、腎血流量は腎動脈を流れる血流量を指す。腎血流(Renal blood flow : RBF)は腎糸球体濾過量(Glomerular filtration rate : GFR)と協調して腎臓のナトリウム排泄を調節している。加齢ではGFRに比べてRBFの低下が著明に生じる結果、腎臓でのナトリウム排泄能の低下を生じる。

(注7)我々の食塩感受性高血圧研究(図2)
肥満及びメタボリックシンドロームによる食塩感受性高血圧と腎障害発症機構を解明した(J Am Soc Nephrol 2006、Circulation 2009)。腎臓でナトリウムの再吸収に関わる鉱質コルチコイド受容体(MR)が、高食塩食摂取時に、Rac1蛋白を介して活性化される新機構を世界に先駆けて明らかにし(Nature Medicine 2008)、更にRac1によるMR活性化が食塩感受性高血圧及び腎障害の原因となることを証明した(J Clin Invest 2011)。また、食塩摂取が腎交感神経亢進を介して腎臓のナトリウム吸収に関わる遺伝子の発現を上昇させ、食塩感受性高血圧を発症させることを発見した(Nature Medicine 2011)。

(注8)一昨年の発表論文
妊娠時の母体低栄養が胎児の脳内の血圧に関わる遺伝子発現を変化させ、成長後に食塩感受性高血圧を発症する機序を解明した(JCI insight 2018)。

 

8.添付資料:

図1)食塩が関与する加齢性高血圧の発症機序:加齢に伴い、血中のKlotho蛋白レベルが低下した状態で食塩を摂取すると、血管のWntによる血管収縮経路が活性化し、血管平滑筋収縮装置のカルシウム感受性が亢進することにより筋収縮力が増大し、血管収縮を生じる。その結果、血管抵抗が増大するとともに、腎臓では腎動脈収縮による腎血流の低下を介してナトリウム排泄量が低下するため、食塩感受性高血圧を呈する。

NCC:ナトリウム-クロライド共輸送体:腎臓でナトリウム(食塩)の再吸収を行なう輸送蛋白
MR:鉱質コルチコイド受容体:腎臓でナトリウムの再吸収に関わるアルドステロン(ホルモン)の受容体

図2)食塩感受性高血圧の発症機序:腎臓でナトリウムの再吸収に関わるホルモンであるアルドステロンはその受容体であるミネラロコルチコイド受容体(MR)の活性化を介して血圧維持に関わるが、食塩摂取下では過剰なナトリウムの再吸収を抑えるためにアルドステロンの分泌は抑制される。藤田らは肥満においてはこの抑制がされずに、脂肪組織で産生されるアルドステロン分泌刺激因子によって副腎からアルドステロンの過剰な分泌が続くため食塩感受性高血圧を生じる機序を明らかにした。また、肥満を伴わない食塩感受性高血圧では、食塩摂取によってアルドステロン分泌が正常に低下するにもかかわらず、Rac1蛋白がMRを活性化する機構を発見した(Nature Medicine 2008)。更に、食塩摂取時には腎臓の交感神経亢進を介して、腎臓のナトリウム-クロライド共輸送体(NCC)が活性化され、ナトリウムの再吸収が亢進して、血圧が上昇する新機序を解明した(Nature Medicine 2011)。最近、妊娠時に母親が低栄養状態にあると、胎児の血圧中枢(間脳視床下部)において、昇圧ホルモンであるアンジオテンシンIIの受容体発現が上昇し、成長後に食塩感受性高血圧を発症する機序を明らかにした(JCI insight 2018)。以上の研究結果と加齢における食塩摂取時の血管Wnt5a経路活性化が血圧を上昇させる機序と合わせ、胎児期、成人期、老年期と様々なライフステージにおいて世代により異なる栄養摂取や生活習慣改善への注意喚起が必要と考える。