日本人の胃がんリスクとなる遺伝的背景と生活習慣 〜人種横断的大規模胃がんゲノム解析の成果〜

発表のポイント

  • 大規模な人種横断的胃がんゲノム解析により、アジア人特有のALDH2 (アルコール分解酵 素)遺伝子多型(注1)と飲酒・喫煙習慣との組み合わせによる胃がんを明らかにしました。
  • E-カドへリン遺伝子の病的胚細胞バリアント(注2)が、日本人胃がん患者集団のなかに 高い頻度でみられることがわかりました。
  • 胃がんの発症リスクとなる生活習慣や胚細胞バリアントが明らかになったことで、より効果的な予防介入が可能になると考えられます。

 

発表概要

胃がんは、日本をはじめ東アジアで最も頻度の高い悪性腫瘍です。がんゲノムシーケンスの進歩によって、胃がんのドライバーとなる体細胞ゲノム変異(注3)についてはその全体像が明らかになってきました。胃がん発生リスクについてはピロリ菌がよく知られていますが、ヒト側の遺伝的素因やそれらと環境因子との関わりについて、その全体像は明らかになっていませんでした。

今回、東京大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス部門の鈴木章浩 指導委託大学院生(研究当時)、油谷浩幸 教授および大学院医学系研究科 衛生学分野の加藤洋人 准教授、 石川俊平 教授らの研究グループは、人体病理学・病理診断学分野の牛久哲男 教授、深山正久 教授(研究当時)、消化管外科学の瀬戸泰之 教授、横浜市立大学 外科治療学の利野靖 診療教授、肝胆膵消化器病学の中島淳 教授、国立がん研究センターの柴田龍弘 がんゲノミクス分野長らのグループとともに、319 人のアジア人、212 人の非アジア人を併せた 531 症例の 胃がん患者を対象とした大規模なゲノム解析を行い、体細胞ゲノム変異のパターン、胚細胞 バリアント、生活習慣およびそれらの関連性について調べました。その結果、アルコールによって引き起こされるとされる特徴的なゲノム変異のパターン(変異シグネチャ、注4)が見られる症例がアジア人に特異的に認められ、日本人の胃がんに限った解析では、6.6% (16/243)に認められました。それらの胃がん症例は、東アジア人に特有の ALDH2 遺伝子多型 (アルコールの分解が出来ない遺伝子型)を持ち、飲酒および喫煙の両者が重なった時に相乗 的に変異の数が増えることを特徴としていました。また胃がんの素因となる胚細胞レアバリアントを探索したところ、624 個のがん関連遺伝子のなかで E-カドへリン遺伝子上のバリアント密度が最も高いことが分かりました。これらのレアバリアントを保有する患者の胃がんは大部分がびまん型胃がん(注5)であり、びまん型胃がん症例のうち 13.3% (14/105)を占めていました。

東アジア地域特有の ALDH2 遺伝子多型と飲酒・喫煙習慣との組み合わせ、および E-カドへリンの病的胚細胞バリアントの集合が、日本における胃がんの原因の一部として強く示唆されることが明らかになりました。特にびまん型胃がん症例の 21.0% (22/105)は上記のどち らかの寄与があるという結果でした。今回の成果は、胃がんのハイリスク群を遺伝的素因によって絞り込み、生活習慣の改善や対象を絞った効果的なスクリーニングによって予防介入するための重要な知見と考えられます。本研究は、AMED の次世代がん医療創生研究事業および革新的がん医療実用化研究事業、科学研究補助金の支援を受けて行われました。本研究成果は米科学誌『Science Advances』で2020年5月7日に公開されます。

詳細はゲノムサイエンス分野のHPを御覧ください。