心不全は、さまざまな原因により心臓の機能が悪くなり、息切れやむくみが生じ、がんと並んで世界中の人の命を脅かす病気です。心不全の経過や治療に対する効果は非常に多様であり、治療が奏効して心臓の機能が回復する患者がいる一方で、あらゆる治療を尽くしても心臓機能が回復せずに早い段階で心臓移植をしなければ命を救うことができない患者もいます。このような治療に対する効果や予後(病状の経過)を治療前に予測できれば、患者一人ひとりに合った適切な治療を施すことが可能になる(これを精密医療と言います)と考えられますが、現段階ではまだ簡便かつ正確に治療応答性(薬による効果)を予測することが難しいため、基本的に画一的な治療を施すしかありません。
野村征太郎研究員(東京大学医学部附属病院 循環器内科特任助教)は、マウスを用いた心不全の病態解明研究により、心不全になると心臓にある心筋細胞の核の中のDNAにキズが生じ(DNA損傷と言います)、このDNA損傷の程度が心不全の病態の程度を規定している可能性を見出していました(Nomura, et al. Nat Commun. 2018)(リンク)。
さらに、候聡志研究員、大学院生の藤田寛奈らと、ヒト心筋細胞のDNA損傷の程度を解析する手法を構築し、58例の心不全患者(拡張型心筋症という原因不明の心筋障害により心不全となった患者)の心筋DNA損傷を反映するマーカーとしてpoly(ADP-ribose) とγ-H2A.Xの免疫染色解析を行いました。治療応答性や予後が悪い患者において、治療前の心筋DNA損傷の程度が有意に強いことがわかり、治療前の心筋DNA損傷の程度によって、高い精度で(感度・特異度ともに8割程度)治療応答性を予測できることを明らかにしました。本手法は、臨床現場において診断目的で採取する心筋生検組織の検体を用いる方法であることから、患者への追加となる侵襲が存在しないことも非常に大きな利点です。以上の技術は心不全患者の治療において待望されていた「治療応答性の事前予測」を可能にする手法として、心不全臨床において「精密医療」を実践する上での基盤的技術となることが期待されます。
本研究は東京大学医学部附属病院 循環器内科(小室一成教授)との共同研究により行われたもので、科学雑誌JACC: Basic to Translational Scienceにて本年9月25日にオンライン公開されました。
雑誌名:JACC: Basic to Translational Science
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