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システム生物医学/血管システム

准教授
和田 洋一郎
Associate Professor Youichiro WADA
専門分野:
研究内容:

ダイナミックな染色体の挙動を捉える

私達は循環器領域の臨床経験を通じ、動脈硬化発症機序を明らかにしたいと考え、血管壁が肥厚して脂質の蓄積が進行するメカニズム解明する為に研究を始めました。生体内の複雑な血管局所環境を再現する為、血管壁の内皮細胞だけでなく、単球・マクロファージ、平滑筋を共存させる混合培養系を用いて検討し、低酸素と慢性の炎症性刺激で内皮細胞がvascular cell adhesion molecule 1(VCAM1)を持続的に発現させることが病変形成初期において最も重要であることを確認しました。そこで、代表的炎症性刺激であるTNF alpha (TNFα)で処理したヒト臍帯静脈内皮細胞を用いてその挙動を、マイクロアレイを用いた網羅的な遺伝子発現解析によって検討したところ、TNFαだけでも、500以上の遺伝子を系統的に活性化して白血球を動員し、その後経時的に終息させ得ることが判りました。

血管内皮細胞を刺激すると転写の波が引き起こされる

このような高次生命現象における時系列解析は従来の転写調節ではうまく説明することが難しかったので、先端科学技術研究センターのシステム生物領域(血管システム分野、児玉龍彦、南敬ら)において、まず内皮細胞においてTNFα応答性遺伝子の上流下流10 kbを含む遺伝子全長に対して設計したタイリングアレイを用いて、刺激添加後7.5分おきに100 kb以上の巨大遺伝子において転写の実測を試みました。これを解析した結果(井原研究室、大田ら)、図1に示すように、エクソン上のRNA量が蓄積してmRNA産生が始まる遙か以前に(a)転写開始点付近には刺激とは関係なく有効な転写に至らない不完全な転写が起こっており転写開始点から4 kbにはこれが終息するチェックポイントが存在すること、(b)刺激によって未熟RNA産生の波がチェックポイントを通過して分速約3.1 kbのスピードで遺伝子上流から下流に向けて移動すること、(c)同一イントロン内でのRNA産生は下流のエクソンに向かうにつれてその量を減じており、エクソンをまたぐと同時に上流の未熟RNAが消失しており、転写と同時にsplicingが起こっていることを見出しました。これは大腸菌で明らかにされた“活性化Pol IIが遺伝子上を個別に進む”という線形モデルがヒト細胞に合致しないという問題に再び焦点をあて、さらに1981年にオックスフォード大のCookらによって提唱された、組織化されたPol IIが活性化された遺伝子を取り込んで転写を行うという“ファクトリー仮説”が再び脚光を浴びる結果となりました(Wada&Ohtaら, PNAS, 2009、サイエンス誌のEditor’s Choice, 2009)。

組織化されたRNAポリメレースIIが転写の波を引き起こす

また、炎症性刺激によって発現が誘導される遺伝子群は数百あるのに対しfluorescence in situ hybridization (FISH)によって観察される転写が活発に起る部位は数十程度であることから、“一つのファクトリーは複数の遺伝子の転写を同時に行う”と推測されました。この所見は、真核細胞であるヒト血管細胞においては、リニアアセンブリー転写モデルに代わって、「1つの転写サイクルでは1つのファクトリーに組織化された数十から数百のPol IIよりRNAが作られ、ファクトリーにおいて未熟RNAは転写と同時に修飾を受ける」という転写ファクトリーモデルを支持します。そこでCookらと共同で私達はSAMD4A (約221 kb),EXT1 (約312 kb),ZFPM2 (約485 kb), ALCAM (約210 kb), NFKB1 (約115 kb)などの巨大なTNFα応答性遺伝子群において、遺伝子全長と上下流10 kbの配列をすべてカバーするタイリングアレイを作成してPol IIの動きを観察しました。その結果巨大遺伝子上でPol IIの経時的な波の動きが認められました。これはRNA産生の波とほぼ同様のスピードで進展していたので、一つのファクトリーには多くのPol IIが含まれて転写を行っていることが判りました (図2)。

転写される遺伝子にはエピゲノム修飾の目印がある

Pol IIの動きに加えて、遺伝子活性化マーカーとして代表的なH3K4me3とH3K36me3等のヒストン修飾、CTCFやRAD21などのインスレーターについてもクロマチン免疫沈降とマイクロアレイを組み合わせたChIP-Chipをゲノムサイエンス部門と共同で行いその分布を観察したところ、転写開始点には、インスレーターに挟まれてH3K4me3が多く分布し、そこにPol IIが絶えず動員されていました。従来インスレーターと呼ばれて染色体を束ねる働きを有している蛋白群は転写開始点に局在し、遺伝子内ではRNAポリメレースIIの動きに関与していましたが(図3)、ノックダウンすると、巨大遺伝子では転写の波が観察されなくなったことから、この蛋白群は転写開始時遺伝子のファクトリーへの動員現象において重要であることが示唆されました。

さらに遺伝子下流領域においては刺激開始後経時的にPol IIがインスレーター結合部位に蓄積していることが判り(井原研、大田ら)、RAD21をノックダウンするとRNAポリメレースII蓄積が失われたことから、インスレーターがPol IIの進行速度の決定因子であり、転写の波の形成に重要であることが示されました(図4)。

超高速シークエンサーが明らかにする新しい転写のモデル

従来のデータから私達は、無刺激状態では自由なRNAポリメレースIIが転写開始点に動員されるが、チェックポイントを通過できずに無効な未熟RNA産生をすること、そして刺激によりインスレーター等を介して遺伝子が組織化されたPol IIを有するファクトリーに動員され、そこでチェックポイントを通過した有効な未熟RNA産生と修飾が進行するという、新しい転写モデルとしてファクトリー仮説(図5)を証明したいと考えています。

そこで、私達はこの炎症刺激特異的ファクトリー内における複数遺伝子の同時転写を証明するため、シンガポールのゲノム研究所(Ruanら)と共同でChromatin Conformation Capture (3C)を基本とする実験方法によって各時点のPol IIの集積部位とTNFα応答性遺伝子間の空間的隣接関係を明らかにしようと試みているところです。

さらに、前述したようにPol IIによる転写はスプライシングと同時に進行しており、転写によってH3K4のメチル化やアセチル化が進むので、TNFα応答性ファクトリーには、転写基本因子やPol IIに加えてRNA修飾因子やヒストン修飾酵素等の共存が予想されます。そこで我々は分子生物医学部門と共同でプロテオミクス解析手法で同定し、ファクトリーの実体を明らかにする研究を進めています。