システム生物医学では癌を、遺伝子の変異の重なりためcell
mapから逸脱し増殖、転移していく細胞群と考える。癌を単一の細胞と考えるより、癌の細胞群の中に変異し続けている幹細胞があり、治療により変容していく細胞群と考える。
人体内の60兆個の細胞は、cell mapによって決まっている系譜にのるように、制御のプログラムが組まれている。細胞は分裂して増殖するが、通常の細胞はG1アレストの状態で、無制限に増殖しないようにしている。この細胞周期のG1期に停止しているためには、細胞周期のチェックポイントがある。チェックポイントとして重要なP53やRb遺伝子などの異常がガン細胞では高頻度にみられている。
細胞には沢山の遺伝子異常がうまれるが、大半は修復されていく。このDNAおよび染色体の修復遺伝子に変異がはいると、変異の頻度がます。こうした多段階の変異により制御されない増殖がすすみながら、チェックされずアポトーシスできない異常細胞が増えて行くのがガンである。
Cell mapとの関係から見ると、ガン組織が単一の細胞でできているのでないことがよくわかる。
図序−13は乳ガンの幹細胞からの分化説を示す。乳腺はエストロジェン刺激により急速に増殖し、ホルモンの消退とともに、アポトーシスして委縮していく。乳ガンの原因となる遺伝的変異は、増殖し始める前の、乳腺の幹細胞の段階でおこる。この変異だけではガン化はおこらず、cell
mapに従って、乳腺の線腔の細胞と、周囲で取り囲む細胞に分化していく。しかしエストロジェン刺激をうけ増殖を始めると、ガンとして増殖していく。この説の魅力的なところは、乳ガンの細胞がホルモンに依存すること、治療してホルモン依存的なガン細胞がなくなってもまた、幹細胞からでてくることなど、再発のメカニズムを理解しやすいことである。この説に従えば、変異した幹細胞を根絶させるか、ホルモン感受性のガン細胞増殖を抑えるかが、治療の原理となる。

Omics は、こうした原理だけでなく、実際のガン特異的治療標的の発見に非常に役に立つ。従来の病理診断や画像診断に加え、ゲノム、トランスクリプトームの解析により癌の診断は大きく変わっている。治療抵抗性の前立腺ガンで発現が増えている遺伝子はアンドロジェン受容体の遺伝子であった。
このように、ガン細胞で発現が増加している遺伝子、蛋白は系統的に明らかになってきている。トランスクリプトームのところで述べた肝臓ガン細胞の表面にガン化により増加してくるグリピカン3は図序−14に示すようなGPI(細胞膜)表面のGPI結合膜蛋白である。切断されて血液中にでてくるグリピカン3のN端側ペプチドは、肝臓ガンのよい診断マーカーになる。同時に細胞表面に残っているC端側へのモノクローナル抗体は、肝臓ガン細胞を補体依存的に死滅させることがわかってきて治療薬として開発中である。このように、ゲノミクス、トランスクリプトミクスから全く新たな治療標的が見つかってきている。
ゲノム、トランスクリプトーム解析により、cell mapの上での位置も付けも正確になり、治療も長期的な視野で考えられる。治療においてはガン細胞の変化に注目し、治療抵抗性の癌細胞を増加させない治療方針が重視される。またガン細胞の変化の傾向に共通性がみられることがわかってきたため、先を読んだ治療法の開発が重要になっている。また周辺の細胞には障害をあたえない、ガン細胞に特異的な治療が求められている。周辺の細胞を骨髄移植などで補充しながら、徹底的な治療を進める技術も進んでいる。
同時にガン細胞を取り囲む正常細胞のシグナルを介する治療も重要になっている。ガン細胞を支持する機能として血管新生が有名であるが、血管新生を抑制する治療も生まれている。

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