News

2016.01.22

低線量被ばくがヒトの神経前駆細胞に与える影響

 一般に神経細胞のような分化した細胞は放射線感受性が低くその影響を受けにくいと考えられています。放射線が神経系に与える影響としては、胎内被爆者に見られた原爆小頭症が報告されていますが、これは、胎児の脳内には未分化の神経細胞が存在することと大きな関係があると考えられています。一方、近年の神経科学に発達により、脳内には成人でも神経前駆細胞が存在することが明らかとなっています。したがって、低線量放射線の神経前駆細胞に対する影響を知ることは、胎児や小児に対する影響のみならず、成人の被ばくが神経系に及ぼす影響を予測する上で重要な情報を得ると思われます。むしろ、胎児や小児は法律によって放射線被ばく線量が十分低くなるよう設定されているのに対し、職業被ばくや医療被ばくでは比較的高い線量を被ばくする可能性があるため、その影響を正確に予測することが求められています。

 今回の研究では、ヒトの神経前駆細胞(human neural progenitor cell, hNPC)に31, 124 , 496 ミリグレイという低線量のγ線を72時間でゆっくり照射した際に起きる形態学的変化解析と遺伝子発現解析をおこないました。その結果、496ミリグレイでhNPCの増殖は抑制され、神経突起の伸長も抑制されました。また、124ミリグレイでDNA二本鎖切断を示すγ-H2AXのフォーカス形成が増加することも確認されました。

 マイクロアレイによる遺伝子発現解析では、31ミリグレイで炎症、細胞接着などに関連する遺伝子の発現上昇が見られ、124ミリグレイではより多くのこれらの変動が見られるとともに、RNAの発現調節やDNA修復に関する遺伝子の発現変化が観察されました。さらに、496ミリグレイでは血小板の活性化や遺伝子変異を起こしやすいDNA修復系の活性化、細胞死、代謝変化などの遺伝子が影響を受けました。

 これらの培養細胞で得られた結果が生体内での神経前駆細胞の反応を直接示しているわけではありませんが、低線量被ばくの神経系への影響を予測する上で有用な情報が得られたと考えられます。さらに、これらの情報は今後神経変性疾患などの発症機序を考える上でも役立つことが期待されます。

 本研究は国立環境研究所、東京大学アイソトープ総合センターと先端研の共同研究として行われました。




Effects of Chronic Low-Dose Radiation on Human Neural Progenitor Cells.
Mari Katsura, Hiromasa Cyou-Nakamine, Qin Zen, Yang Zen, Hiroko Nansai, Shota Amagasa, Yasuharu Kanki, Tsuyoshi Inoue, Kiyomi Kaneki, Akashi Taguchi, Mika Kobayashi, Toshiyuki Kaji, Tatsuhiko Kodama, Kiyoshi Miyagawa, Youichiro Wada, Nobuyoshi Akimitsu & Hideko Sone.
Sci Rep. 2016 Jan 22;6:20027. doi: 10.1038/srep20027. PubMed PMID: 26795421 PMCID: PMC4726121.