ブリ属の性決定遺伝子の発見と性決定の分子メカニズム

「動物の性(卵巣をもつか精巣をもつか)を決定する実効物質は、ステロイドである。」という説は20世紀前半から存在している。しかし、ヒトやマウスの生殖腺の場合、ステロイドは性決定自体には必要なく、むしろ性が決定されてから後のイベントである性分化に必須であることが明らかとなっている。ただし、胎盤をもたない動物(有袋類・爬虫類・両生類・魚類)の場合、本説の当否はいまだ決着がついていなかった。その主な理由は、性決定と性分化というふたつのイベントを明確に区別した実験が困難であったためである。本研究では、ブリ類の性染色体を遺伝学的な手法で解析し、W染色体とZ染色体の差はHsd17b1遺伝子(ステロイド代謝酵素遺伝子のひとつ)内の1塩基であることが明らかとなった。この1塩基のDNA配列差はアミノ酸配列の差(W型ではグリシン、Z型ではグルタミン酸となる)をもたらし、結果、W型とZ型で異なるHSD17B1酵素を持つこととなる。これらふたつの酵素の活性を比較したところ、Z型HSD17B1はW型にくらべて女性ホルモン産生能が低いことが判明した。さらに、分子動力学シミュレーションによって、W型の場合は酵素活性を促進する水素結合ネットワークが形成されやすいのに対し、Z型ではそうした水素結合ネットワークは全く形成されないことが観察され、1塩基の違いが酵素活性を支配する分子メカニズムも解明された。以上より、ブリ類のオス(ZZ型)では女性ホルモンの欠乏により精巣が発達し、メス(ZW型)では女性ホルモンの存在により卵巣が発達すると考えられる。本研究の大きな意義は、ステロイドが性を決めている動物がいることを明確にしめしたことにある。

 

本研究成果は、2019年6月3日付でCurrent Biology誌に掲載されました。

  1. Koyama, M. Nakamoto#, K. Morishima#, R. Yamashita#, T. Yamashita#, K. Sasaki, Y. Kuruma, N. Mizuno, M. Suzuki, Y. Okada, R. Ieda, T. Uchino, S. Tasumi, S. Hosoya, S. Uno, J. Koyama, A. Toyoda, K. Kikuchi*, and T. Sakamoto*, A SNP in a Steroidogenic Enzyme Is Associated with Phenotypic Sex in Seriola Fishes, Current Biology, 29, pp. 1901-1909 (2019).

(* Corresponding author; #Equally contributed)

https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.04.069

LSBM理論超分子科学分野は、分子動力学計算を用いた解析で本研究に貢献しました。