分子動力学の巨星墜つ 藤谷先生急逝

突然のあまりに悲しいニュースに言葉もありません。1月15日、分子動力学の我々の指導者、東京大学先端科学技術研究センター システム生物医学ラボラトリーの藤谷秀章教授が急逝されました。
去年暮れから、風邪気味から喘息気味ということで、やや長引いていたのですが、仕事は普通に続けられ、1月7日の新年会でも元気そうだった藤谷先生が、本日、通勤途上、自宅近くの坂道で倒れられ、聖マリアンナ病院で、急性呼吸不全(疑い)で死亡されました。いつも世界を見通され、物理、化学、生物、情報科学、数理科学をまたいで科学の未来を考える藤谷先生から、ご指導いただいていた私どもには、突然、失うものの大きさに、ただ、驚き、悲しみばかりです。

藤谷先生は、1985年 5月 東京大学理学系研究科博士課程単位取得中退され、1985年 5月 富士通研究所入社、半導体の富士通の90nmテクノロジーの開発に尽力されました。その成果をうけて、1995年 4月 英国オックスフォード大学招聘研究員として留学され、分子動力学の計算の可能性に着目され、研究を開始されます。2004年 1月 米国スタンフォード大学客員研究員として、その分野の研究に邁進され、FUJI FORCE FIELDで世界最高性能を立証されます。分子動力学にANTONスーパーコンピューターを開発していた4兆円を運用するヘッジファンドの帝王David E Shawとさしで話の出来る唯一の日本人として、Shawにも力場アルゴリズムを指導し、私もニューヨークの45階建の彼らの本拠地、DESRESにご一緒させていただきました。

ちょうど、スーパーコンピューターを用いたタンパク質の動態のシミュレーションを検討していた浜窪教授らと、先端研への参画を促し、2010年 4月 東京大学先端科学技術研究センター特任教授として就任されます。そこで、最先端研究支援での人工抗体タンパク質の設計を先頭で進められます。さらに、「なぜ世界一でないといけないのか」などの攻撃にさらされた「京」スパコンの目的を「がんの薬を作るため」として、当時の国家戦略担当大臣への説明など、国策の展開にブレーンとして活躍され、京でのさまざまな分子動力学アルゴリズムの展開、加速化をすすめられ、スウェーデンのEric Lindahlらとアセンブラーレベルまで検討して、京での計算実行速度を2倍に向上されました。また理研の泰地先生らと我が国の分子動力学計算の基礎作り、ポスト京計画の推進にも尽力されました。朝永博士、松本博士らと東京大学先端科学技術研究センターに、富士通との連携研究室を設立され、医薬品設計にも邁進されました。

先端研にシカゴ大学から山下准教授、三菱化学から篠田助教が参画され、計算化学の我が国の拠点を形成され、先端学際工学の博士課程学生の教育にも熱意をもってとりくまれ、気鋭の博士を育てました。
ワインが好きで、世界の科学者とのつながりも強く、ストックホルム大学のEricや、スタンフォードのVijay Pandeなどこの世界の先導者とも深い信頼で結ばれていました。科学と計算機産業に深い造詣をお持ちでありながら、軽妙なウィットに富み、魅力あふれるリーダーでした。
心からお悔やみを申し上げます。

研究室連絡先
〒153-8904 東京都目黒区駒場4−6−1 東京大学先端科学技術研究センター
がん・代謝プロジェクト 児玉龍彦
事務担当 土居リナ 03−5452−5230

<写真 篠田助教 研究室の愛用のコンピューター前の藤谷先生 児玉>