血管分化を導く遺伝プログラムの一部を解明

血管分化を導く遺伝プログラムの一部を解明

―血管分化におけるヒストンと転写のはたらきを同定―

Dynamically and epigenetically coordinated GATA/ETS/SOX transcription factor expression is indispensable for endothelial cell differentiation.
Yasuharu Kanki, Ryo Nakaki, Teppei Shimamura, Taichi Matsunaga, Kohei Yamamizu, Shiori Katayama, Jun-ichi Suehiro, Tsuyoshi Osawa, Hiroyuki Aburatani, Tatsuhiko Kodama, Youichiro Wada, Jun K Yamashita, Takashi Minami.
Nucleic Acids Res. Published: 17 March 2017. DOI: 10.1093/nar/gkx159

概要

再生医療の進展に向けて各臓器に酸素や栄養を運ぶ役割をもつ血管を構築することは急務となります。そこで熊本大学生命資源研究・支援センターの南 敬教授は京都大学iPS細胞研究所、東京大学先端科学技術研究センターと共に、幹細胞が血管細胞になる間におこる全遺伝子の働きの変化を追跡しました。その結果、幹細胞が血管に分化する際の刺激に応じて、遺伝子の転写の状態を変化させる「ヒストンコード」が経時的に変化していることを突き止め、更に、血管分化に必須な転写因子群(ETS/GATA/SOX)が新たな役割を持っていることを見出しました。
本研究の成果は、「Nucleic acid research」に平成29年3月17日0時(GMT)[日本時間の3月17日(金)9:00]に掲載されました。

研究の背景

超高齢化社会を迎えた先進国において、がん・生活習慣病の根本原因にもなり得る血管病態を解析し、その異常を治すことは疾病治癒や予防の上で重要です。そこでまず血管構築の礎となる血管内皮細胞がどのような遺伝プログラムで発生・分化し、血管を形作るのかの解明が求められています。我々は未分化 ES細胞から内皮細胞への分化を促す内皮細胞増殖因子(VEGF)を加え、試験管内(in vitro)で全ゲノム*1遺伝子の挙動やエピゲノム*2変化を経時的に追跡する研究を進めました。

研究の方法

京都大学iPS細胞研究所山下潤教授にて開発されたES細胞から内皮細胞へ分化する細胞を用いて、VEGF刺激直後(0時間)、分化前 (6時間)、分化途中(12-24時間)、分化決定後(48時間)でのRNAとヒストン*3を収集し、東京大学先端科学技術研究センターの神吉助教と共に次世代高速シーケンサーを用いて、全ゲノムと全エピゲノムの変化を網羅的に解析しました。

結果

血管分化の過程において、血管内皮への分化を決定づけるタンパク ETS variant 2(ETV2) のはたらきがまず分化刺激6時間以内に誘導され、その直後、ETV2 と結合して内皮分化をサポートするタンパク GATA2 が誘導されること、次いで 12-24 時間にいずれも内皮分化に重要な転写因子 SOX、FLI1 が誘導され、最終的に内皮分化が決定される 48時間になって内皮分化に特有の遺伝子が例外なく全てはたらくよう誘導される転写のシステムが成り立っていることを見出しました。更に遺伝子の転写の状態を変化させる「ヒストンコード」を経時的に調べたところ、内皮分化に必須な転写因子のゲノム領域は、内皮への分化の過程において転写を抑える「ブレーキヒストンマーク*4」から転写を活性化する「アクセルヒストンマーク*5」に段階的 にスイッチする現象を見出しました(図1、図2)。これらの内皮分化に必須な転写因子ははたらきを喪失すると、内皮への終末分化(分化の完了)が 完全に抑制されるだけでなく、内皮細胞以外への分化の鍵となる遺伝子や、山中伸弥教授が見出した未分化の状態を維持する転写因子が逆に誘導される結果となりました。

考察と結論

これまで ES細胞から、各細胞への分化を促す転写因子のはたらきを制御する領域は、転写の「アクセルヒストンマーク」と「ブレーキヒストンマーク」といった、ヒストンの相反する化学修飾が共存する状態になっていることが想定されていました。ところが、我々の網羅的なゲノム解析において同定した内皮分化に必須な転 写因子群(ETS/GATA/SOX) においては、経時的にヒストンの化学修飾の状態を高解像度でみた場合、各転写因子の不活性化(ブレーキ)を促す化学修飾の状態から活性化(アクセル)する化学修飾の状態へとむしろ段階的にスイッチしていることが初めて明らかとなりました。更にこれらの転写因子群は内皮分化を誘導するだけでなく、未分化状態への逆戻りや他の外胚葉・内胚葉由来の細胞へ分化することを抑制していました。
これらの転写因子の機能を明らかにすることは、昨今の遺伝子編集技術の応用と合わせて、効率良く血管を再生する技術に応用できることが期待されます。

図1 : VEGF血管内皮増殖因子による血管分化

 

図2 : 血管内皮細胞の分化システム

 

リンク

熊本大学ニュースリリース
熊本大学生命資源研究・支援センター 表現型解析分野 HP

(脚注例)

*1 ゲノム
生物の持つ全DNAの塩基配列の情報
*2 エピゲノム
遺伝新の働きを決定するDNAに巻き付くヒストンタンパク質の様々な化学修飾(メチル化やアセチル化)の情報
*3 ヒストン
DNAを折りたたんで細胞の核の中に収納させるタンパク質。遺伝子の情報のうちどこを使うか使わないかが調節される。ヒストンの化学修飾 による遺伝子情報の調節は後天的に行われ、ヒストンに加えられた修飾はヒストンコードと呼ばれる。
*4 ブレーキヒストンマーク
DNAからRNAへの転写を抑制させるヒストンの化学修飾の位置
*5 アクセルヒストンマーク
DNAからRNAへの転写を促進させるヒストンの化学修飾の位置